虐待などの理由で2022年度に全国の児童相談所が一時保護した小中学生は延べ約2万8000人で、このうち一時保護中に週4日以上学校に通ったのは1244人にとどまることが、毎日新聞の調査で判明した。通学したいかどうか意向を原則確認しているのは、児相を持つ78自治体のうち約3割の24自治体で、学校で教育を受ける権利が十分に保障されているとはいえない状況が浮かび上がった。
※3/24(日)毎日新聞Web版より抜粋
昭和・平成・令和・・・
時代は変わっても、こういう問題は変わってない。と思う。
はてなブログを書き始めた頃。多分書いたと思うけど。
ジジィ(私)は妹が生まれるまで、「女の子」として育てられました。
今は「生産性がない」とか言われるジジィ世代になりましたが。苦笑
幸い、トランスジェンダーという枠には触れることなく、育ちました。
というか、「トランスジェンダー」という言葉も、それを予見する言葉も、当時は無かった。
上の毎日新聞の記事は、児童相談所が保護した子供が学校に行けてない事を中心に書いてますが、これ、貧しい家庭の子供も同じです。
保育園・幼稚園くらいまでは子供の思考は形ができてない、と思われ、大人(親)から見れば「子供のわがまま」として捉えられがちです。
現在は不登校の子が通えるフリースクールがあったり、それなりの施策は充実してきたと思います。
私が過ごしてきた幼少期~青年期は「学校に行かない子供が悪い。」でした。
国語の作文で「お父さん・お母さんについて書いてきなさい。」なんて言われた日にゃ、、苦笑。
私は、その後、一か月くらい胸の内がモヤモヤしてました。
働かない親、新興宗教にのめりこみ続ける親を、どうやって書けばいいのか?
親についての作文は、書きませんでした。拒否し続けました。苦笑
あの図工の時間の「お父さん・お母さんの絵を描きましょう。」も地獄でした。
やっぱり、描けなかった。
先生に「描けない。」とも言えなかったし、色鉛筆やクレパスを持って固まった私を周囲の友達は不思議そうに見ていたと思います。
簡単に言えば、「周りの大人」は「抑圧的な高い壁」。
テーブルクロスやハンカチが入った給食袋を友達と振り回して遊んでいたら、泥だまりに落としてしまい、親には夜中まで怒られました。
それを黙って洗濯してくれたのは、祖母でした。
雨上がりの下校時に傘で地面を突きながら帰ったら、傘の骨が折れた。
この時も猛烈に怒った親。
こんな出来事や記憶しかないから、「普通の家」って感覚が判らなかった。
親に褒められた記憶が無いんだ。
ただ。
中学生になって「学校の許可があれば、新聞配達くらいはできる」ことを知りました。
高校生になって初めてアルバイトの給料を貰ったとき、「親に勝った」と思った。
その時には親に対しては「無感情」でした。
内心でこっそりと「大人って、お金には勝てない」なんて思ったり。
そんな子供が、結婚して、もうジジィ。。苦笑
妻は家を出るまで、親と敬語で話してたそうです。
怒られた時も、褒められた時も、普通の時も。
余談になりますが、上の毎日新聞の記事を目にした時に
頭に浮かんだのは、昔の日テレ系のドラマ「mother」でした。
母親が男と遊び惚けて、育児放棄したストーリーのやつ。
黒いごみ袋から顔を出した芦田愛菜ちゃんの顔は、今でも忘れません。
母親にビニール袋に入れられたのに、それが言えなかった。
「かくれんぼしてたら・・・」って言ったんだよね。
今の世の中は、私が子供の頃より、もっとガチャガチャで、ぐちゃぐちゃで。
だから、今の子供には、私なんかより、もっと・・・言えない事がある。
そう思うよ。