時の満ち引くままに

俗称:障がい者夫婦。上手くやれるわけないと否定された世の中を、なんとか、かんとか生きています。

理由は「甘えていい人。」って思ったから

こんばんは。

明日は雨が降るのか、降らないのか、微妙な天気です。

 

今週で結婚して丸10年。

長いようで、あっという間の10年でした。

お付き合いを含めると、妻と一緒に居るのは12年。

 

私の妻への第一印象は「何かに怯えた子」。

妻とお付き合いが始まってから、2~3か月後くらいには、グループホームのスタッフから、「〇〇さん(妻の名前)が、具合悪いみたいだから行ってあげて。」って、連絡が来るようになりました。

時には39℃台の熱を出したこともあり、解熱剤やゼリーなどを買い求めて走り回ったこともありました。果物アレルギーがあるため、ほとんどの果物はダメ。

桃と柑橘系は大丈夫で、リンゴ・バナナなどはダメ。

解熱剤はロキソニン系がダメ。

熱が下がるまで、ずっとそばにいた夜もありました。

 

妻の腕には、自傷の跡がいくつもありました。

口には出さなくても、妻は人目を気にしているようでした。

 

あのね。腕の傷、気になるんでしょ?だったら、今後はやっちゃダメだよ?

 

確か、妻は無言で小さく頷いたと思います。

 

あと、尋常性乾癬。

今でこそ、肘・膝の色素沈着や、かさぶたは目立たなくなりましたが、付き合い始めの頃、妻の肘・膝は真っ黒でした。

 

「これね。ステイロイドが入った薬を塗ってるんだけど、治らないの。

 私はまだ軽い症状なの。酷い人は顔にも出来るんだって。」

 

今まで顔に症状が出たことは、ありません。

 

それから、身体表現性障がい。

この病気は、本人が物事を「ストレス」として感じることが原因。

そこから、発熱・過呼吸・不眠・食欲不振などを発症します。

現在でも謎な部分が多い病気です。

 

私は、その当時は「統合失調症」の病名でしたが、薬が何回も変わりました。

 

結婚してから、結婚記念日をお祝いをするようになったのは

5年目くらいから(?)。

3年前、2年前と妻は入院しました。

3年前くらいかなあ。妻に訊いたの。

 

どうして、俺と付き合ってくれたの?

 

「えっとね。甘えていい人だ。って思ったから。」

 

妻は生後数か月で実の父親を亡くし、養子に出されました。

養子に出された後も、義理の親と児童養護施設の間を行ったり来たり。

だから、誰にも甘えられなかったんですね。きっと。

 

そんな器じゃねぇよ。俺は。

って笑って返しましたが。

 

甘えていい人。

 

そんなこと、初めて言われたよ。

今まで付き合った子に、そんなこと1回も言われてない。

 

「私と出逢わなかったら、〇〇ちゃん(私の名前)は海外に日本語を教えに行ってたのかなあ?」

 

海外の何処かで野垂れ死に・・・かな?笑

 

結婚して5年くらいは、生活費を稼ぐために昼夜問わず私は働いていたし

妻は腕の傷が原因で、面接で何社か断られました。

なので喧嘩もしばしば。。

 

「最近、怒らなくなったよね?」

と妻はよく言います。

 

イライラしてても、何もいいことないだろ?笑

 

今でも甘えたいときは、妻は全力で来ます。

不安なときは

「今日はどこも行かないよね?」

と訊いてくることも。

好きなものを食べる時の妻の表情は子供です。

 

「ただいま。」

と言ったら

「おかえり。」

がある。

 

それだけで十分なのかも知れません。