こんばんは。
写真は8/15(金)、「終戦の日」の朝6時前。

(国道467号線 藤沢市亀井野付近より南を望む)
昼間は車だらけなのに、朝の静寂のひととき。
俺がガキの頃。
8月15日は「終戦記念日」って習った。
毎年8月15日。祖父母がまだ生きていた頃。
祖父母は昼間、テレビを観なかった。
いつだったか・・・
「終戦記念日」って言ったら、
「記念日なわけ、あるか!!!」って怒られたことを思い出した。
一昨年(おととし)の8月のブログで「終戦記念日」と俺は書いている。
「記念日なわけ、あるか!!!」って怒られたのだけど、
それは40年以上前の話し。誰に怒られたかは覚えてない。
多分、親戚のおじさんだよね。
人って良いことが起こった日を「記念日」にする風潮がある。
「戦争に負けた」って、認めたくない。それが俺に向けた怒声に化けたんだろうね。
俺より年上の人、特に60代~80代くらいの人は
・戦争に負けたことを認めたくない
・戦後の学生運動に参加していたことを認めたくない
戦争経験者は年々減っていて、
広島や長崎の平和式典の参加者の半数以上は「戦争を経験してない」んだとか。
戦後の学生運動に参加していた連中は、現役で未だに会社の取締役とかが居る。
こういう人って、過去の話しを蒸し返されたくないの。
ヘルメット被って、鉄パイプでバリケードを作り、警察の機動隊と衝突した。
なんて口が裂けても言えない。
あ、言えないんじゃなくて、言わない。
学生運動に参加していたことが「正しかった」のか、「誤りだった」のか、
未だに答えを出せてないんだろうね。
これは俺の経験からなんだけど
人って自信があると、ものを言う時に言葉に詰まらない。
少しでも自信がない、過去に「汚点みたいなもの」があると、言葉に詰まる。
人は洗脳され続けると、暴走する。
外からの情報が遮断されると、暴走する。
妻は戦争を知らないし、話しを聞いたこともないらしい。
その妻がウクライナ侵攻のニュースを観て、言った。
「この人たちは、何のために戦ってるの?」
情報が遮断された状態で洗脳され続けると
人は集団で暴走する。