時の満ち引くままに

俗称:障がい者夫婦。上手くやれるわけないと否定された世の中を、なんとか、かんとか生きています。

昭和50年代にタイムスリップ!==久々にバスの話しをしよう 2025年6月Ver==

こんばんは。

最高級にジジィだぞっ!笑

おひさし・・おひさし・・・さだまさし

(書いてる本人が意味不明です。笑)

 

趣味でバスの模型を集めてるのは、

今まで散々書いてるので。

(「またバスの話しかよ。」って言わないでぇ!笑)

皆さんご存知のはず。

 

そろそろゴールですかねぇ。

どうなんですかねぇ。

いすゞ自動車BU系シャーシ + 西日本車体工業42MC(西日本鉄道:略称 西鉄

壱岐営業所 社番2334

 

後面の形状が、まさかの「くの字」。

しかも、こう見えて、冷房車です。

冷房用サブエンジンが運転席側の前輪タイヤハウスの後ろにありました。

なので模型は凹んでますが、実車は「放熱用網(ほうねつよう あみ)」でした。

車内の床は木製。のちに樹脂製の床に変わりますが、木製の床のバスのほうが

多かったかな?

 

のちに53MCが登場。

そして

上の2つが「58MC」

※MC=モデル・コーチ(Model Coach)の略。

 

中扉の「両開き式折り戸」は後の大型バスメーカー各社の「都市低床車」に引き継がれます。

メーカーの純正車より採用が早かったんですね。

92MC B-Ⅱタイプ。(B-Ⅰタイプは乗降用扉側の前面の切り欠きがない)

※昭和まで「和暦数字+MC」でしたが、平成から「西暦数字(下2桁+MC」になってます。

ここから会社が解散する(2010年10月)まで、マイナーチェンジはしましたが大きな変更点はとくにない・・・かなあ???

 

この前面はB-Ⅰ。短・中距離用高速路線向け。(あくまで西鉄の話し)。

 

というのも、当時の西鉄のバス部門は「優等路線(高速バス・特急バスなど)は『いつでも乗れるのがサービス』」みたいな部分もあり、そうするとバスの台数の確保が要(かなめ)になってきます。

大まかに始点・終点は同じだけど、途中の経由地が違う。そんな路線もありました。

運転本数は1時間あたり「最大12本」。5分間隔。

俺の記憶では「小倉~天神・博多(ひびき号・なかたに号・いとうづ号系統)」が最短で5分間隔だった気がします。所要1時間ちょっとの路線ですから、トイレは付いてません。

んがっ!笑

短期間ですが3列シート車(1列+2列、ラジオ付き)が入った路線でもあります。

 

バスの台数を確保する分、車両の購入費だけでも莫大になりますから、「短距離なら、車体や装備は安いもので、よくね???」って感覚ですかね。

 

桜島色(桜島号:福岡~鹿児島線

 

フェニックス色(フェニックス号:福岡~宮崎線)

 

ムーンライト色(ムーンライト号:福岡~大阪線

3台とも車体はSD-Ⅱ。

 

SD-ⅠはSD‐Ⅱより全高が7cm低いだけで見分けはつかない???かなあ???

 

後輪2軸車向けの車体がSD-Ⅲになります。

って言っても当時の日産ディーゼルP-DA66U(後輪2軸車)専用の車体。

※最初は、三菱ふそうの後輪2軸車むけだった、とか。

製造数は数えられるほど少ないです。

↓↓↓↓↓

日産ディーゼル P-DA66U + SD-Ⅲ(サンデン交通山口県

 

富士急にも同じようなのがありました(まだある?笑)。

しかし前扉は「折り戸」。車体分類上はSD‐Ⅰ?

C-Ⅰのような見た目。。。

 

C-Ⅱはこれ。↓↓↓↓↓

いすゞ自動車 U-LV771R + C-Ⅱ(西日本鉄道:ロイヤルハイデッカー)

※画像はWikipediaより

 

いすゞ日産ディーゼル三菱ふそう・日野の4社のシャーシに架装できました。

後部の窓2枚分(天井が段上げの部分)の座席は回転して、サロンになります。

西鉄以外では下津井電鉄岡山県)に旧タイプの車体で2台入ったとか。。

 

 

タイトルから

かなり逸脱してますが・・・

今夜はこれにて。

おやすみなさい。

 

明日、通院だわ~。笑