時の満ち引くままに

俗称:障がい者夫婦。上手くやれるわけないと否定された世の中を、なんとか、かんとか生きています。

力を注ぐのは市販車だ。==バスの話しをしよう②==

高速路線専用の国鉄専用形式の開発・生産から1975年に身を引いた、日野自動車

その僅か2年後の1977年にスケルトン車体を架装したRS120Pを発売。

※写真は 日野自動車 様より

全長10.94m。車体板金はリベットレス。

このデザインがバス事業者の動きを変える。

 

「バス=人の移動手段」から「バス=移動を愉しむ乗り物」へ。

 

ちなみに1977年頃の他社製の車体は・・・

羽後交通 三菱ふそうMS512N + 呉羽車体

両備バス 三菱ふそうMS513R + 三菱車体(パノラマデッカー)

※いずれの画像もWikipediaより

 

1982年の三菱ふそうP-MS713/715/725のエアロバスシリーズの発売まで

車体や車内設備は無理強い(むりじい)というか陳腐というか・・・苦笑。

 

P-MS713/715 前輪車軸懸架

P-MS725   前輪独立懸架

 

いずれも車体(三菱自動車 大江工場製)デザインは、アルド・セッサ―ノ氏(イタリア人)。

 

JR東海バス三菱ふそう U-MS729A)

ケルトン構造で「箱型」が当たり前だった車体に、「前頭部に丸みを持たせ傾斜をつける」という革新。

「前頭部の傾斜は高速走行時の空力抵抗によって車体を抑えつけ、タイヤの路面への食いつきを良くする」という話しを聞いた覚えがある。

※F1レースカーのフロントウィングの傾斜の役目と同様。

 

この三菱ふそうの「エアロバスシリーズ」。

3パターンの客室床の高さ(標準床・高床・超高床=中2階)、ダブルデッカー=2階建て、後輪2軸車に加え、車体は三菱、新呉羽のバリエーションで派生や少量生産モデルを含めると、発売開始から6年間で7000台という驚異的な売り上げを記録。

またエンジンや足回りが三菱製でも、車体の架装が三菱・新呉羽以外のものは「エアロバスシリーズ」を名乗れなかった。

 

1986年の「国鉄専用形式(P-MS735SAが最後)」の開発終了に伴い、その後1987年の「国鉄分割民営化」まで、この「エアロバスシリーズ」が国鉄バスでも採用されている。

また、貸切用途向けに前扉が「スウィングアウト式」の車両も採用している。

いずれも「民営化前の駆け込み採用」といったところ。

 

1984年~85年には日産ディーゼルがモデルチェンジし、国鉄バスが「富士重工製」の車体・仕様で採用。

国鉄バス 日産ディーゼル P-RA46R(1986年式)

 

国鉄バス(現:JR東海バス) 日産ディーゼル P-RA53TAE(1987年式)

 

※いずれの画像もWikipediaより

車体の基本設計は「P-MS735SA」に準じている。

 

普通車は日産・ホンダ・三菱の三社が経営統合の話し。

いっちゃえ。ニッサン

 

つづく。苦笑