夕方までの作業枚数は決まっており、それまでに決められた『壁』を木製パレットの上に積んでいった。そして、壁の山に大幅のビニルラップをかけていく。
夕方5時前になると、平ボディの大型トラックが作業場横に着く。
そして作業場の間口の広い出入口から、フォークリフトでトラックへ壁の山を積み続ける。
積み終えると静かにトラックは走り去っていった。
あの壁、どこに行くんですか?と訊ねたら、長崎で客船を建造中の造船所とのこと。
2、3日目だったか・・・
私のタイムカードには手書きの文字が加わっていた。
フォルトナ。
雨が降ると作業場の四隅は雨だれが打っていた。
作業に天候は関係なかった。
とにかく、夕方の時刻までに指定数の壁板を作り続けた。
夏休みを終えたものの、私はまだ車体メーカーの作業場に居た。
毎日出荷していた『壁』が船の設計変更で足りなくなったと聞いて。
夏休み期間中に作った壁が足りない。何に使うんだ。
疑問を作業長に訊ねた。
あれは、世界を巡る客船に使うんだ。
クリスタルハーモニーという名前だ。と。
当時の私に船は無縁だった。
夕方、『明日で終わりだ。ご苦労さん。』と作業長が私の肩を叩いた。
昼休みは構内を好きに歩いていい。但し、ヘルメットは被れ。と許可は貰っていた。
毎日昼休み、別棟の作業レーンに並んだバスを見て歩いた。
エアコンダクトに沿わせた配線。
組みかけのタイヤハウス。
後部のエンジンルームのフタ。
どれもが私には新鮮で、魅力を覚えた。
アルバイトは最終日を過ぎたのに、また薄緑のダイヤル式電話が鳴った。
そして、すぐに元アルバイト先の総務課へ向かった。
応接室らしき場所で待っていたのは、作業長だった。
『もし、就職先決まってないなら、うちで働いてくれないか。』
この時、私は大手自動車メーカーへ就職が内定していた。
すみません。
としか、言いようがなかった。
『決まってるんじゃ、しょうがねえよなあ。』
と作業長が笑った。
一昨年だったか、ある日。私はネットで検索した。
『クリスタルハーモニー』
現在は飛鳥Ⅱとして、未だ活躍している。
だが、途中で設備更新や追加があったとの事。
最新の豪華客船には劣るであろうが、私には誇りである。